衝動と情熱だけで生きている

主に観劇の記録。

フランケンシュタイン、偉大なるミュージカルの歴史が始まる

2024年、私の暑い夏がついに、ついに始まりました。そう、この作品とともに。


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フランケンシュタイン!!!!!
待ってたよーーーーー(号泣)
私を本格的に韓ミュに狂わせた最高にして最強の作品。
コロナ禍で4演を見られなった海外オタクたちが、まだかまだかと鼻息を荒くしながら待ちに待っていたフランケンシュタインが!ついに!!始まっております!!!

2018年の冬、釜山でドンビクに言われた「기다려…(待ってて…)*1」から、まさか6年も待つなんてね。うちらだいぶキダリョったよね。

というわけで、6年間溜めに溜めたオタクのパッションが爆発している夏です。

※6年前の爆発についてはこちらを参照ください。勢いしかなくて恥ずかしい。 

toto8796.hatenablog.com

 

日本でも上演されてすでに熱狂的なファンを獲得している本作ですが、今回、韓国ミュージカル初心者のお友達に韓国版を観てもらえることになったので、改めて冷静に説明しなければと思い、この記事をしたためることにしました。
韓国フランケンの素晴らしさが少しでも伝わればうれしいです。

ミュージカル「フランケンシュタイン」とは

イギリスの小説家、メアリー・シェリーが1818年に出版したゴシック小説を原作として、ミュージカルとして再構築された作品です。韓国ミュージカル界では今や知らない人がいない演出家ワン・ヨンボム氏&作曲家イ・ソンジュン氏コンビ*2によるオリジナル作品で、2014年に忠武アートホールの開館10周年記念作品として公開されました。
公開当初から熱狂的な人気を集め、2015年、2018年、2021年、2024年と再演を重ねていますが、回を追うごとに人気に拍車がかかり、再演ごとに新たなスターが生まれる話題作です。2017年には日本でも上演されました。その人気は言わずもがなですね。
2024年版から制作会社が大手のEMKに変わったので改変がないかとひやひやしていたのですが*3、ほぼこれまでの演出が踏襲されていて安心しました。

あらすじ

19世紀の欧州ナポレオン戦争当時、スイス ジュネーブ出身の科学者ビクター・フランケンシュタインは、戦場で死なない軍人についての研究を進めていたところ、身体接合術の鬼才アンリ・デュプレに出会う。
ビクターの確固たる信念に感銘を受けたアンリは彼の実験に参加するが、終戦により研究室は閉鎖される。
ジュネーブに戻ったビクターとアンリは、研究室をフランケンシュタイン城に移して生命創造の実験を継続するが、予期せぬ事件に巻き込まれ、無実の罪でアンリが命を落としてしまう。
ビクターはアンリを生き返らせようと、アンリの亡き骸に自らの研究の成果を注ぎ込む。しかし誕生したのは、アンリの形をした“怪物”だった。
事件が起き、ビクターの前から忽然と姿を消す怪物。
3年後、結婚を控えたビクターの前に怪物が再び姿を現すが…
インターパークHPより)

登場人物

・ビクター・フランケンシュタイン
哲学、科学、医学に長けた天才だが、幼い頃の経験により強いトラウマを持った人物。
神に逆らい、自らが生命を生み出す神になるのだと、生命創造研究に執念を燃やす。
マッドサイエンティスト、ドンソクビクター


・アンリ・デュプレ
医師として戦場で人命救助に駆け回っていた際、ビクターによって命を救われる。当初はビクターの考えに反発していたものの、彼の強い信念に心を打たれ、共に生命創造の研究を行うようになる。無実の罪により、ビクターの代わりに死刑となり命を落とす。
ウンテ・神・アンリ様

・エレン
ビクターの姉であり、唯一の肉親。幼い頃に両親を失い、親代わりにビクターを育ててきた。
一足早くフランス革命に旅だってしまわれたジウエレン様

・ジュリア
ビクターの幼馴染であり婚約者。
三演から出演、回を追うごとに強くなるイジヘジュリア様

・シュテファン
ジュリアの父。ジュネーブ市長。怪しい研究を行うビクターのことをよく思っていない。
おそらく私が人生で一番回数を観ている俳優、イヒジョンさんシュテファン

・ルンゲ
フランケンシュタイン家の忠実な執事。幼い頃からビクターに仕え見守ってきた人物。
二演以外は皆勤賞のキムデジョンさんルンゲ


フランケンシュタインの魅力①:哲学的で考察性のある物語

200年前の名作小説を3時間弱でミュージカルとしてまとめられた本作、過去と現在を行き来しながらものすごい速度で話が進んでいきます。一度観ただけでは色々と疑問点も多いかもしれませんが、実は色々な裏設定や伏線があり、それを知るのと知らないのとでは面白みの深さが全く違ってきます。

例えばビクターとアンリの出会い。戦場で敵軍を治療したためスパイ容疑をかけられ、処刑されそうになっていたアンリ。そこに登場するビクターは「アンリ!アンリ・デュプレ!!」と歓喜しながらアンリに近づきますが*4、これは身体接合術という当時では考えられない医術を持ったアンリの噂を聞き、ビクターが戦場中を探し回っていた、という裏設定があるそうです。

また、この作品の見どころである一人二役設定。アンリが怪物となる二幕では、ビクター役がジャック、エレン役がエヴァ、ジュリア役がカトリーヌ、シュテファン役がフェルナンド、ルンゲ役がイゴールとして登場します。この二役目は、怪物が拉致されていた地下闘技場での登場人物なのですが、同じ役者が演じるのにはちゃんと理由があるそうで「怪物がアンリの時に接した人々の記憶が投影されている」からだそうです。単なるエンタメのための試みだと思っていた私は、これを知った時に衝撃を受けました。

「怪物にはアンリの記憶があるのか」についてはオタクたちがこぞって考察する点で、演じる役者ごと、回ごと、組み合わせごとに違ったりするのがものすごい沼ポイント。途中でアンリの記憶を完全に取り戻す怪物もいれば、最後まで記憶がない怪物もいるし、さらにはビクターへの復讐のためにアンリを利用するような怪物もいたり。フランケンガチ勢の私はこの話をし出すと寝ずに語れる自信があります。覚悟のある方はぜひ声をかけてください。

あと、2幕後半に「傷」というシーンがありますが、このシーンの演じ方も役者によって大きく異なり、オタクの解釈が分かれるところです。(以下超ネタバレ注意)
森を彷徨う怪物が、道に迷った少年に出会います。泣く少年に「話をしてあげる」と声をかけ、”空の星のような存在になろうとした人間と、その人間が生み出した生物の物語”を聞かせる怪物。
「おじさんが、人間に作られた生物なの?」と怪物の首の傷を指さす少年に、怪物は「そうだよ、君も大きくなったら人間のように振るまうんだろう?」と答え、少年を突如として湖に突き落とします。
静かになった湖面を見つめながら、「そうならないで」と呟き、”ただ幸せを探していた生物”の話を続け、嗚咽する怪物。
怪物の空想だという解釈もあれば、実際の出来事で少年に幼いビクターを投影しているのだという解釈もあり、さらにはアンリの人格を投影しているのだという解釈もあったり。
日本版では少年を突き落とすシーンがカットされていたような記憶がありますが、私はこの怪物の行動には物語上とても重要な意味があり、怪物の孤独と悲しみがこの一瞬に込められていると考えています。
このシーン自体、当初の構想には無く、初演の練習中にワンヨンボム氏が数日籠って付け足したシーンだそうです。初演から出演し続けている唯一の俳優であるアンリ/怪物役のパク・ウンテ様は、この「傷」の追加に衝撃を受けた、ストーリーを象徴する重要な場面だと感じたとお話しされていました。

フランケンシュタインはストーリーが雑でツッコミどころが多い、という人もいるようですが、表立って語られないこうした設定や伏線の数々が俳優ごとの方向性の違いを生み出し、オタクの想像力を掻き立て、毎回異なる結末を導くのであり、それこそが作品としての最大の魅力だと私は思います。創作ミュージカルなので自由度が高くてアドリブも豊富です。

ちなみにウンテさんは、初演時のインタビューでアンリとビクターの関係性について、日本の漫画「ベルセルク」を引き合いに出し、「同性愛的ではあるが、愛だけではなく、それを超えた執着」だと解釈していると語っていました。

ウンテさんはこれまでに作品と役への解釈をたくさん語ってくださっているので、ぜひ一度目を通してみてください。

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フランケンシュタインの魅力②:壮大な音楽

このように深く難解で哲学的な物語をエンタメ作品として成り立たせているのは、イ・ソンジュン作曲家が創る壮大な音楽があってこそ。ドラマチックな楽曲がその世界観を更に色濃くしています。イ・ソンジュンさん、見た目は熊さんみたいに丸くて可愛らしいお姿なんですが、ひとたび指揮棒を持つと背中からひしひしと感じるカリスマ性。ご本人が指揮をされる日は舞台全体の締まり方が違います。*5
そしてこの楽曲が俳優泣かせの超難曲揃い。役を引き受けた俳優は、誰もがかなりのプレッシャーを感じるという話を聞いたことがあります。ストーリーのハードさも相まって、初演時はみんな泣きながら練習していたとか。
でもそんな超難曲を歌いこなし、オタクの期待を飛び越えるどころか追いつけないような俳優が韓国には複数存在します。代表格としてまず、我が本陣のチョン・ドンソク様を紹介させてください。これまで生きてきて聴いたことがない音域を生で聴いた時の衝撃たるや。映像がなくて残念なのですが、世界中のミュオタにドンソクビクターの「偉大なる生命創造の歴史が始まる」を一度聴いていただきたい。地を這うようなバリトンからクリスティーヌ(©オペラ座の怪人)ばりの高音シャウトまで、一曲の中で聴いたことない音をたくさん経験できます。
こちらは2018年三演時のドンソクビクター×ウンテアンリの「ただ一つの未来(단 하나의 미래)」。生ける伝説のドンウンペア。ドンビクの空気を振るわす低音と、ウンアンの包み込むような高音のケミストリーが素晴らしいです。

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ミュージカルの歌って、ただ上手いだけじゃダメなんですよね。物語の一部だから、そこで語られる感情がないと作品として成り立たない。こんなに難しい曲に、こんなに複雑な感情載せてくる・・・?って毎回号泣してしまう、そんな曲がフランケンにはあります。二幕で怪物が歌う「俺は怪物(난 괴물)」。
地下闘技場で闘士としてモノのように扱われていた怪物が、企みにより闘いに敗れ、唯一心を通わせていたカトリーヌにも裏切られ、ゴミとして捨てられて歌う曲。
特に初演~三演まで出演したハン・チサンさんの「俺は怪物」は一曲の中で語られる物語の展開がものすごく、感情の振り幅がジェットコースターのようで、毎回観ているだけでも疲労困憊でした。
ウンテ怪物の「俺は怪物」は再演ごとに方向性が違うんですが、今期はそう来たか・・・!という感じ。更に回を追うごとに感情表現が増していて、オタクたちは毎回嗚咽を抑えながら鑑賞するのに必死。ちなみに私は毎回大きめのタオルハンカチを首から掛けて鑑賞しています。
初演時のチサン怪物ver. 優しくて弱虫で人間臭いチサンアンリからの振り幅…

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2024年版のウンテ怪物ver. 無垢な赤ん坊のような歌い出しからの感情の爆発。そして…

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どんな歌詞なのか知りたい方はこちらもどうぞ

 

フランケンシュタインの魅力③:主演級俳優2名のがっぷり共演

フランケンシュタインはタイトルの通りビクターが主役ではありますが、アンリ/怪物も主役と言っていいレベルの存在感がある役です。主役級の俳優二人が共演して、しかも比重が同じ位で、そのうえがっつり(物理的にも精神的にも)絡む作品って、グランドミュージカルだと意外とないですよね?(私が思いつく限りではデスノートくらいですが、月とLの絡みはフランケンほどは無い。)
フランケンシュタインは実力派俳優二人のがっぷり四つが思う存分観られるという点で、大変オタク向きな作品だと思います。小劇場に通いがちな濃さを求めるオタクたち(偏見)もフランケンと聞けば大劇場に集まってきますし、毎シーズン新しいキャストが加わるごとにそれぞれの推しケミが生まれ、SNSには星の数ほど創作物が流れてきます。特に眼鏡姿のカイアンリの人気は高く、眼鏡をクイっと上げながらビクターに反論する姿や、時に見せる眼鏡の奥の優しい眼差しは、様々な創作欲を掻き立てるようです。
キャストの組み合わせでも全く違う物語が生まれるので、今日の酒場シーンはどうだったとか、北極でこんなアドリブ言ってたとか、毎公演終わるごとにオタクたちによる大収穫祭が開催されています。
キュヒョンビクターとカイアンリの「ただ一つの未来」。私の中での通称は「神経質ペア」。多分両者潔癖。

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フランケンシュタインの魅力④:その他もろもろ

・言うまでもなくセットの豪華さ。前にも書いたことありますが、非現実的な物語の世界に誘われるには、それなりの空間演出って絶対に必要だと思います。
・アンサンブルの豪華さ。すごくレベル高い!グランドミュージカルの質ってアンサンブルで決まると思っているのですが、特に今期のフランケンシュタインのアンサンブルは子役も含めてみんな歌もダンスも演技も上手。
・衣装も最高にいい。長身の俳優たちが軍服や踝丈のロングコートを翻しながら演じる舞台、それだけで絵になります。そして怪物とアンサンブルはみんな筋肉自慢。なぜコウンソン怪物のパンツだけがローライズなのかについて友達と熱く語りましたが、理由は不明。ご存じの方はただちに連絡ください。

 

 

日本のフランケンシュタイン好きだから韓国のも観てみたいなという方、よくわからないけどそんなに言うならちょっと観てみたいかもという方、8月25日までソウルで上演されているので、ぜひこの機会に足を延ばしてみませんか!チケット売り切れてる回も多いけど、粘れば何とかなったりします!暑い夏を北極で乗り切りましょう。

*1:フランケンシュタイン3演時のドンソクビクター千秋楽、北極でのアドリブより。

*2:他には"ベンハー"や"英雄本色"、今年公開された韓国版の”ベルサイユのばら”もこのコンビによる作品です。

*3:「ベンハー」はEMK制作になってから大きな改変があり、それがオタクの意向に沿わなかったため、界隈が大変荒れました。

*4:2024年のドンソクビクター初日はよほど嬉しかったのか「アンリデュプレ!!アンリデュプレ!!!」とフルネームで2度、歓喜の雄たけびを上げていました。

*5:2024年の5演では私が知る限りご本人が指揮をされたのは1回だけ。平行して世界初演のベルばらが開幕したので、そちらに注力されるのではないかと思いますが、寂しいです(涙)