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主に観劇の記録。

ミュージカル『ベートーヴェン』は何を伝えたかったのか

お久しぶりです。前回の記事からあっという間に半年過ぎててびっくりしました。冬の日韓エリザベートミルフィーユ観劇以降、アウトプットが全く追いついていませんが、マイペースで観劇オタクを続けています。

先日、韓国EMKプロダクション制作の『ベートーヴェン』が日本でも上演されるという発表があり、キャストの豪華さにびっくりしました。韓国のキャストもすごかったけど、日本でこれだけ揃うのも珍しいですよね。

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日本版はセミレプリカ公演ということなので、韓国版をベースにしつつ、多少改変が加わる感じでしょうか。というわけで、日本版の予習も兼ねて、今回は私が韓国で観てきた『ベートーヴェン』についてご紹介したいと思います。
※極力ネタバレは避けてますが、情報を入れたくない方は回れ右でお願いします。

概要(韓国namuwikiより)

ドイツの作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの一生を描いた、韓国EMKミュージカルカンパニーの5作目*1の創作ミュージカル。著作権はEMKに所属。
モーツァルト!』や『エリザベート』でおなじみ、劇作家ミヒャエル・クンツェと作曲家シルベスタ・リーヴァイコンビによる作品。クンツェとリーヴァイがこの作品を企画した際、7カ国の製作会社が立候補したが、EMKミュージカルカンパニーが最も適したプロダクションとして選ばれた。
制作期間に7年を費やし、企画段階から海外進出を想定して舞台やセット構成などが創作された。初演前から多くの海外製作会社からの反応があり、プレビュー期間中、世界中のプロダクションが訪問した。
フランケンシュタイン』『ベンハー』『英雄本色』などを演出して人気を博した演出家ワン・ヨンボムと、主にオーストリアやドイツなどで活躍する演出家ギルバート・メマートによる共同演出。音楽監督はキム・ムンジョン。
2023年1月12日から3月26日までソウル芸術の殿堂オペラ劇場で上演後、楽曲を多少改変し、シーズン2と題して4月14日から5月15日までソウル世宗文化会館大劇場で上演された。全編がベートーヴェンの楽曲をベースにした音楽で構成されている。

初演とシーズン2のポスター

予告映像


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あらすじ

「不滅の音楽、不滅の愛」
19世紀オーストリア・ウィーン。
音楽の都市において当代最高のピアニストであり作曲家として名声を博していたベートーヴェンだが、幼い頃から父の暴力と虐待の中で育ち、愛や人を信じられないまま孤独に生きていた。彼が作った音楽は喝采を浴びて評価される一方、本人には冷たい視線と冷笑がつきまとう。
ある日、ベートーヴェンは自分に無礼を働いた貴族たちに謝罪させようとキンスキー君主を訪ねた際、偶然アントニー・ブレンターノに出会う。愛を信じないベートーヴェンと、一度も愛を感じたことがないトニーは、互いに好感を持つようになる。
ベートーヴェンは聴力を喪失する不治の病の診断を受けて絶望に陥るが、トニーと互いに心の傷を伝え、慰めあううちに、嵐のような恋愛関係におちていくことになる。
しかし彼らの秘密の関係は世間に暴かれることとなり、トニーは自分の家族が傷つくのを恐れてベートーヴェンとの出会いを拒否することになる。
愛するトニーを失ったベートーヴェンはついに聴力を喪失し、人生が暗い影に飲み込まれていくのだが・・・

 

登場人物

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
42歳。当代最高のピアニストで有名な芸術家。厳格な性格で自分の名誉を重要視し、慣習を強要されることを容認しない。誰かに愛されることを想像すらできず、頑固で激しい態度に自身の臆病さを隠し、ただ芸術的才能だけに頼って生きている。聴覚を喪失して絶望に陥り、人生の危機を迎える。

アントニー・ブレンターノ(トニー)
32歳。芸術を愛し、エレガントで魅力あふれる女性。フランクフルトに住む15歳年上の銀行家・フランツと、17歳で政略結婚し、4人の子を儲ける。貴族である父の遺産を整理するためウィーンに滞在。本当の愛を経験したことのない自分の人生に虚しさを覚えていたが、ベートーヴェンとの出会いにより、心が癒されていくことを感じる。偉大な芸術家ではなく、人間ベートーヴェンの内面の傷と孤独に深く共感し、彼を通して真実の愛とは何かを悟るようになる。

・ベティーナ・ブレンターノ
自然を愛し、詩を書くのが大好きな女性。幼い頃、ドイツの詩人ゲーテに送った手紙で有名になった彼女は、詩人になるというロマンチックな夢を持っている。フランツの妹でありトニーの義理の妹。トニーを訪ねてウィーンに滞在し、トニーがベートーヴェンと恋に落ちるのを見守り、その熱病のような愛に理解を示すが、フランツとの結婚生活が壊れることを懸念し、トニーを裏切って兄にすべてを打ち明ける。

・フランツ・ブレンターノ
47歳。トニーの夫であり、成功した銀行家。人生の優先順位は家族よりもお金。トニーとの結婚も成功のためにしたものであり、契約として割り切っている。トニーの父の遺産を独占しようと目論んでいる。妻に無関心であり、新しい仕事の話が来ると、トニーとオペラに行く約束を破棄する。常にトニーを服従させ、彼女の芸術性は認めず、役に立たないものと考えている。

・カスパー・ヴァン・ベートーヴェン
36歳。ベートーヴェンの弟。芸術家である兄を献身的に支える。素直で純粋な性格で、天才的な兄の才能を尊敬し愛している。ヨハンナと恋に落ちるが、ベートーヴェンは彼女の評判が悪いと反対する。兄に対する愛情を持ちながら、ヨハンナへの愛を貫くため兄に逆らうことを決心し、兄弟は別々の道を歩むこととなる。

・パプティスト・ピジョック
35歳。欲望に溢れた弁護士。どんな対価を払ってでも勝者となることを望む。良心の呵責を感じず、自分の才能を使って強者を説得し、弱者を冷酷に脅す。

・フェルナンド・キンスキー君主
多くの財産と富を有する40代半ばの貴族。芸術を愛する温厚な性格で、高度な教育を受け、音楽に対する造詣も深い。楽器を演奏する実力も備えており、芸術を広く世に普及させようとする献身的な精神の持ち主。彼のパーティーには著名な貴族たちが招待される。財産管理は他人に任せている。

・ヨハンナ・ライス(ヨハンナ・ヴァン・ベートーヴェン
29歳。ウィーンの工芸家の娘で、様々な男と噂を流し,、父の金を盗んで逃げたという噂があるなど、きな臭いところがある女性。飛び降りて人生を終えようとしていたところ、偶然通りかかったカスパーに引き留められて一命をとりとめる。 その後、ヨハンナに一目惚れしたカスパーと結婚を約束する。

・音楽の精霊
ベートーヴェンの内面に存在する音楽が擬人化された精霊。叙情的でドラマチックなベートーヴェンの音楽を踊りで表現する。メロディックス、ハーモニー、フォルテ、アレグロ、アンダンテ、ピアノの6人の精霊で構成されている。


韓国キャスト紹介(個人的視点)

ベートーヴェン(左上から時計回りに)

・パク・ヒョシン
別名・ヒョ神様。どんなに大きな会場でも一瞬で雪原状態*2にする人気と実力の持ち主。EMKの切り札。笑う男に続く登板。高音で独特な細かいビブラートと圧倒的な音圧で、どの作品を観ても「ああ、ヒョ神だな」という満足感を得られる。ミュージカル出演多数だが本業は歌手で、中島美嘉の「雪の華」のカバーでも有名。

・パク・ウンテ
どの作品のどんな役でも母性と神々しさがにじみ出てしまう、韓ミュ界のマリア様。彼が流す涙の美しさは世界一。音圧で押すタイプではないが、広がりのある高音と包み込むような優しい声色、時には鋭いシャウトや威圧的な低音など、多彩な表現ができる実力の持ち主。

・KAI
声楽出身の正統派。美しく伸びのあるバリトンボイスで、クラシックを歌わせたら世界一。ストイックで真面目な性格で、それが役でも随所に感じられる。日本が大好きで愛読書はベルばらとの噂。EMK所属。

トニー(左から)

・チョ・ジョンウン
情緒的で湿度のある声と雰囲気で、愁いを秘めた役をさせたら世界一。別名天女様。

・オク・ジュヒョン
別名・女帝。どこまでも地声で歌い上げる音圧オバケ。大体会場の屋根が飛ぶ。元アイドル。

・ユン・ゴンジュ
力強くソウルフルな歌声と切れのあるダンスが持ち味だが、今回は残念ながら踊らない。

カスパー(左から)

・イ・ヘジュン
雰囲気があるルックスと抜群のスタイル、美しい低音ボイスの持ち主。大学路で人気を博し、EMKに移籍後はエリザベートのトートに抜擢されるなど、大劇場でも活躍の場を広げている。
・ユン・ソホ
アイドル並みのルックスと卓越した演技力で、大学路から大劇場まで幅広く活躍。

・キム・ジヌク
エクスカリバーで学生アンサンブルとして初舞台を踏んだ後、大学路で活躍。本作でEMKオリジナル作品に再登場。

作品のポイント&感想

※最初にお断りしておきますが、私が観たのは初演のほうで、シーズン2は観ておりません。ただ、多少楽曲に変更があった程度で、大筋は初演と変わっていないようです。

EMKが契約を取った直後から、ずっと「ベートーヴェンをクン&リーでやるよ!」って煽ってて、何かにつけて宣伝し、コロナ禍もあってようやく初演を迎えた本作。豪華キャスト陣を揃え、ミュージカル好きの期待をロッテタワー*3より高くしまくっていたのですが、プレビューから驚くほどの酷評の嵐。

煽っていたころのクン&リー写真。イメージロゴが今とだいぶ違う。

まあ、でも、ね?この目で見るまでは分からないし、まだプレビューだし、ね?という気持ちで、恐る恐る足を踏み入れました。

お馴染み殿堂の垂幕とフォトスポット。ピアノは演奏自由。

ベートーヴェンという題名からして、天才の苦悩と葛藤の物語なのかと思いきや、中心にあるのはトニーとの恋物語モーツァルト!との違いを出そうとしたのかもしれないけど、だったらこれ、ベートーヴェンを題材にした意味はあるの?
トニーの夫やら子供たちやら義理の妹やら悪徳弁護士やら、グランドミュージカルらしく登場人物も多いけど、要素が多くて散漫だし、大劇場のスケール感を全く活かせてない。残念ながら印象に残ったのはキャストの熱演と歌声だけ。

とにかくベートーヴェンの曲を使うことに終始している感じで、キリングナンバーが少ない割に、必要性が感じられないサブキャストのソロ曲(夫とか弁護士のやたら長いソロ)が多く、歌詞も説明調で余韻が無い。
グランドピアノを中心に添えたセットやカレル橋の造形は目を引くものがあったけど、舞台セットはあくまでストーリーへの没入感を高める背景に過ぎないと実感。どんなに豪華でも、物語がなければただの装置に過ぎません。楽譜が舞う中、ベートーヴェンがピアノの上に立って歌い上げたり、オケピに降りて指揮したり、その辺の演出はさすが韓国ミュって感じではあったけど、覚えてるのそれくらい。

あとね、カスパーの出番少なすぎる。シンプルに足りない。人気実力俳優を3人も揃えたのに、これぞ究極の無駄遣い。1幕途中でヨハンナとの結婚を反対されてベートーヴェンと決別した後、2幕後半まで出番なし。サブキャラの夫と弁護士と義妹のほうが出番多い。日本版では出番増やしてくれないと、オタクが暴れるよ?
音楽の精霊の存在も謎で、ベートーヴェンの内なる音楽を擬人化したもの、といいつつ、ベートーヴェンの心が動くシーンでの登場はなく、数少ない作曲シーンで急に表れて踊り狂う。(やたら上手い。)モーツァルト!のアマデ的な存在にしたかったのかもしれないけど、そもそも本作はベートーヴェンを芸術家として描いているわけではないので不要だったのでは。

音楽の精霊とベートーヴェン

厳しいこと言ってますが、ちゃんと3ベートーヴェン3トニー3カスパーともコンプリートした上での感想なので、お許しください。3階席でもチケット1万円以上するんだぜ・・・。
期待値が高かっただけに非常に残念な虚無作品ではあったのですが、主要キャスト陣の熱演はすごかった。いつもなら即完売のはずなのに、チケットの売れ行きも悪く、ご本人たちも相当きつかっただろうけど、彼らのおかげでシーズン2まで何とか乗り切れたと思う。

ヒョ神ベトベンは常に猫背で近寄りがたい偏屈さがありつつも、愛に目覚めた後は純粋さも垣間見えて、愛に飢えた孤独な芸術家がピッタリはまってた。彼が歌えば全てがキリングナンバーと化すため、毎曲ショーストップ。今回もヒョ神観たなあ、という満足感で満たされましたありがとう。
KAIベトベンは中の人のストイックさを上手く生かしつつ、芸術家らしい繊細さも感じさせるベトベン。3人の中で役柄的には一番合ってたと思う。何より、ベートーヴェンの曲+KAIニムの声楽=極上の調べ!耳が溶けそうなくらい幸せで、たぶん私の耳レベルが10くらい上がったありがとう。
そしてウントベン。3キャスト中最後に観たのですが、初めてベートーヴェンが哀れで泣きました。偏屈さゼロの、優しくて包容力あるベートーヴェン。幸せになれる道はあったはずなのに、優しすぎて全てを諦めたウントベン。物語の本筋すら変えてしまう役者の力に圧倒されましたありがとう。

トニーについてはジョンウン天女の一人勝ち。上品で控えめでありつつ、内に秘めた情熱が感じられるジョンウントニー。ドラキュラのミナといい、本当にこういう役やらせたら右に出る役者さんはいない。酷評の中でもウンテさん×ジョンウンさん回の評判は良く、二人の愛を主軸にしたストーリーラインを、最もうまく表現できたペアだったと思います。
女帝トニーは一人で突っ走って生きていけそうだったし、ゴンジュトニーも夫より明らかに強そうだったので、役としてはもったいなかったかな・・・

楽曲については、前述のとおり無理やりシーンにベートーヴェンの曲を当てはめてる感じでイマイチしっくりこなかったのですが、その中でもうまくはまってると思ったのが” 너의 운명 (It's In Your Heart;ピアノソナタ第26番『告別』より)” と"사랑은 잔인해 (LOVE IS CRUEL;ピアノソナタ8番『悲壮』より) "
相当実力ある人じゃないと歌いこなせないと思うけど、3キャストともそれぞれの個性を生かしつつ素晴らしい歌い上げでした。

ウントベンの"It's In Your Heart"1幕ラストver. 終盤に向けて感情高めていくのはさすが。

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KAIトベンの"LOVE IS CRUEL"耳が溶けないように注意。

youtu.be


というわけで内容は虚無ったものの、キャストの熱演が光った韓国版ベートーヴェン。オリジナル作品なので、これから再編を重ねてどんどん良くなっていくことに期待します。日本版でのブラッシュアップを切に期待。

EMKにしては大変珍しく全編のハイライト映像がありますので、興味があるかたはどうぞ。日本のオタクたちが気にしている兄弟デュエットは14:05~、26:11~、29:10~

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おまけ

キャストボード

芸術の殿堂お馴染みの人柱

 

*1:あと4作品はマタハリ、笑う男、エクスカリバー、フリーダ

*2:韓国のチケットサイトは座席表から席を選んで購入する方式で、完売だと座席表が真っ白になることから、雪原と表現する。

*3:韓国一の超高層ビル。地上555m。ジュンスが住んでいることでも有名。