衝動と情熱だけで生きている

主に観劇の記録。

イルテノーレ、それは美しき群像劇

前回のエントリーが去年の7月(釜山オペラ座)だという事実に驚いています。ご無沙汰しております。ツイッター(永遠にこう呼び続ける)では常に叫び続けているのでお分かりかと思いますが、私は全力で元気です。

全然追いついていないけど、2023年は前半は主にオペラ座の怪人、後半はドラキュラ、あと全編を通してNCTに捧げました。過去は振り返らないタイプなので、かかった費用と遠征回数については考えないことにしています。

そんな中でも、この作品についてはどうしても記録に残しておきたい。2023年年末に観て、とても心に残った作品について書かせてください。ぜひたくさんの人に観ていただきたい。本当に素晴らしい作品だから。

『イルテノーレ』とは

ジキル&ハイド、スウィーニートッド、ドラキュラ、デスノートなどを手掛ける韓国の大手ミュージカル制作会社ODカンパニーによる新作オリジナルミュージカル『イルテノーレ』。
バンジージャンプする』『メイビー、ハッピーエンディング』の制作で知られる作曲家ウィル・アロンソン、作詞家パク・チョンヒュコンビによる作品。数年前に公開されていたリーディングにはチェ・ジェリムさん、チョン・ミドさん、イ・サンイさんという豪華メンバーが参加していて、今回も登板が噂されていたのですが、残念ながら実現しませんでした。(とはいえ、期待の斜め上をいくキャスティングだったのですが)
ちなみにイルテノーレとは、イタリア語でテナーを意味します。

ジェリムさんとミドさんの歌声が聞ける貴重なリーディング動画。イサンイさんの姿も。


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あらすじ

1930年 日本帝国統治下の京城
抗日運動の集会である「文学会」メンバーは、ますます激しくなる総督府の検閲を避ける方法を探している際、偶然にイタリアオペラ公演を計画することになる。

外圧に対抗して戦うヴェネツィアの人々を主人公としたオペラ『I Sognatori-夢見る者たち』が京城市民の抗日精神を鼓舞することを期待し、この得体の知れない「西洋創劇」を公演するために奮闘するメンバーたち。
その中心は、自分でもその才能に気づかなかった特別なテナーの声の持ち主である医大生ユン・イソン、京城で最も英雄的なリーダーであり演出家であるソ・ジヨン、危険なほど情熱的な独立運動家であり、ステージデザイナーであるイ・スハンである。

思わぬ展開に流れていく状況の中、彼らの「朝鮮初オペラ」は無事に公演できるのだろうか?(Interparkより)

主人公のユン・イソンは、実在の人物である韓国初のオペラ歌手イ・インソン(1907~1960)をモデルにしていて、インソン氏もセブランス医大卒の医師だったそう。
日本の植民地時代が舞台なので、日本人の私にとって目を背けたくなるような作品だったらどうしよう、と思っていたのですが、もちろん向き合わねばならない時代背景が前提ではあるものの、作品の焦点は登場人物それぞれの情熱であり、美しい音楽に載せて描かれるその物語に、激しく心を揺さぶられました。
詳しいストーリーはこちらのブログで大変丁寧にご紹介されています。ネタバレ無しで観ることを強く強く強く推奨しますが、台詞も多いので、事前予習したほうが良い方はネタバレ前の部分までどうぞ。

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メインキャスト紹介

・ユン・イソン(ホン・グァンホ/パク・ウンテ/ソ・ギョンス)

セブランス医大に通う医大生。抗日運動で命を落とした医大生の兄の志を継ぐため、父親に言われるがままに医者を目指している内向的な学生。ある日偶然オペラを耳にしてその美しさの虜になる。今まで歌ったこともなかったが、類まれなる才能を見出され、オペラに夢中になる。ついには医者の道を捨て、文学会のメンバーであるジニョン、スハンと共に朝鮮初のオペラ上演のために奔走する。

・ソ・ジニョン(キム・ジヒョン/パク・ジヨン/ホン・ジヒ)

表向きは劇団、実態は抗日運動を行う学生たちの集まり「文学会」のカリスマ的リーダー。劇団では演出家である。両親は抗日運動で命を落としている。演劇を通して朝鮮人の誇りを取り戻し、日本帝国から独立することを夢見て活動している。

・イ・スハン(チョン・ジェホン/シン・ソンミン)

「文学会」で舞台デザインを担当する建築学科の学生。文学会のリーダーの座をジニョンと争っている。独立運動への強い情熱を持つ過激派であり、緻密に計画を進めようとするジニョンとしばしばぶつかる。

 

おすすめポイントその①:メインキャスト

さすがOD新作、気合がすごい。主人公のイソン、とんでもないラインナップでやってまいりました。
韓国の至宝ホン・グァンホ、韓国の神ことパク・ウンテ、そして色物から正統派まで全て自分色に染めるスーパーカメレオン俳優*1、ソ・ギョンス!ついに韓国二大巨頭に並んだソ・ギョンスさん、すごいや。
類まれなる才能を持つオペラ歌手という設定上、歌唱力は絶対なんですが、この3名は文句なし。歌声だけでもチケット代の元が取れます。私はまだギョンスさん観られていないので、グァンホさんとウンテさんの推しポイントを。

一昨年の冬、オペラ座の怪人のキャストにグァンホさんがいなかったときはがっかりしたんですが、まさかここにきてグァンホさんのオペラを堪能できるなんて。
グァンホさんのオペラ歌唱、久しぶりにフルスロットルで声出してて*2、これぞホン・グァンホ!って総毛立ちました。初めて歌うシーンで、先生や学生たちに「うわー、声が大きい!!」ってびっくりされるシーンがあるんだけど、グァンホさんまじですごい。アンサンブルと合唱してても飛びぬけて声がデカい。
歌声で展開するシーンがいくつかあるんですが、アカペラで響き渡るグァンホさんの歌声、声圧だけでなく表現力が素晴らしくて、作品のテーマであるアリアの旋律が今も脳内から離れない。年を取ったシーンで歌うアリア、しゃがれ声から始まり、次第に強く響き渡っていくあのシーン。涙が止まらずハンカチを眼鏡の下に挟みながら観るという初体験をしました。今も思い出すだけで泣けます。
あと、イソンの冴えない役柄がグァンホさんにピッタリ。学ランに丸眼鏡で猫背の学生姿なんて、あー陰キャなんだ、って一目でわかったし、ぼさぼさ頭にしわっぽいタキシード、ちょっと曲がった蝶ネクタイも最高にイソンのキャラを表現してました。ジニョンへの告白シーンもものすごくぎこちなくて、歌声だけじゃなくキャラもグァンホさんのあてがきなのかな?って思っちゃうくらいの野暮ったさ(褒めてます)。
歌声といい、役柄といい、まさにイルテノーレなのがホンイソンだと思います。

一方、ウンテさんのイソン、ウンイソン。ウンテさんの歌声って声圧はそこまで感じないけど、空間を包みこむ独特のオーラがあるじゃないですか。ウンテさん自身テノールの音域ではないし、オペラ歌唱とは路線が違うんだけど、ひとたび歌い始めると周りの空気が一変して、聖なるオーラに包まれる。もうこれはウンテさんにしか作り出せない世界観。音楽をひたむきに愛し、夢を追い、仲間を思う心が伝わるウンイソン。もはや尊さに近い純粋さが、あの歌声に乗って伝わってくるんですよ。前日にホンイソンを観て、こりゃウンテさんはバスタオル案件だと悟った私、涙を拭くのを諦め、ハンドタオルをよだれ掛け状態にして臨みました。正しかった。
役柄は圧倒的にグァンホさんのほうが合ってるんだけど、ウンテさんの感情への訴求力は誰も勝てないと思う。会場中がすすり泣き状態。
あとね、ウンイソン、冒頭、涙目なんですよ。1回観た人はその理由がわかるはず。ウンテさんは観客に伝わりやすく演じてくれるので、2回目に観ると色んなところでハッとさせられる場面があって、個人的におススメです。
見た目は、素敵さを隠すためにわざとダサくしてる?って感じ。眼鏡姿は素敵だし、タキシードなんて最高に似合っちゃってるし、ジニョンに対してもすごく紳士的だし、ところどころで色気漏れちゃってるし。中の人のお茶目さも垣間見えるシーンもたくさんあるので、ウンテさんファンは必見の作品だと思います。

メイン二名について長く書きすぎましたが、ジニョンも実力派揃いだし、スハンも舞台好きならおお!と飛び上がる絶妙なキャスティング。ODカンパニーのキャスティング力は本当にすごいと思います。いつも信じてる。

陰キャのホンイソンと素敵すぎるウンイソン



おすすめポイントその②:アンサンブル

直前までメイン3役しか公表されなかったし、上演会場が中劇場クラスだったので、3人劇なのか?と思っていたのですが、蓋を開けてみたらびっくり。総勢20名弱の個性豊かなアンサンブルが、一人ひとり役を生きているではないですか。
オペラ歌手を夢見ていたアメリカ人宣教師、美しい声でイソンをオペラをいざなった女学生、イタリア語を翻訳する女学生と彼女と恋に落ちる気難しいピアニスト、バイオリニストの日本人学生シンイチ・・・彼らが繰り広げるサイドストーリーも面白く、それぞれの思いが作品中に丁寧に表れているのがとても素晴らしいと思いました。
タイトルにも書いたように、この作品はメインキャスト3名を含む群像劇だと捉えるのが正しい気がします。
この作品は初見が宝物になると思うのですが、2回目以降はサイドストーリーにもしっかり目を向けることができるので、スルメ的にも楽しめる作品だと思います。

キャスト多いじゃん!ってなったキャストボード

おすすめポイントその③:伏線だらけのストーリー

そう、この作品は初見が宝物になります。
韓国のミュオタの皆さんも、それを痛いほど分かってるからSNSやブログには詳しい内容はほとんど書いていません。なんて優しい世界。
私も詳しくは書かないですが、観終わった後に劇場から踏み出した瞬間、目に入る殿堂の垂幕を見て涙があふれること必至。宣材に使われてるイメージや舞台セット、小道具、色んなところに伏線があるので、ぜひ上演中は隅々まで目を光らせて観劇してください。
ちなみに上演会場である芸術の殿堂トウォル劇場、会場全体が半円形で奥行きがあって、ダイナミックに回転する舞台が売りなんですが、全く回転する様子がなく。あと生演奏なのになぜかOP席が売られている。なんでだ?と思ってたこの会場への疑問も、すべて作品中で回収されました。本当によくできた作品。
よく韓国の大劇場作品は粗が多いとか歌でねじ伏せるとか言われてるのを見かけますが、こういう作品もあるということが広く認知されるといいな。

終演後に観ると泣ける垂幕

おすすめポイントその④:美しい音楽

バンジージャンプする』や『メイビー、ハッピーエンディング』を観たことがある方ならお分かりかと思いますが、ウィル・アロンソン&パク・チョンヒュコンビの曲って、耳に残る美しい旋律が多いんですよね。韓ミュといえば強くて圧がある曲が多いと思われてる傾向がありますが、こういう湿度を感じる曲もたくさんあるんです。
特に作品のキーとなるオペラ『夢見る者たち』の愛のアリアは、作品中随所に散りばめられていて、それが最後のシーンで全て収束していきます。終演後もずっと耳から離れないアリア、一度観た後にこのティーザーみると感情大爆発するので試してみてください。


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この冬はライセンス作品の大作が豊作だからか、感想見たくてエゴサしても、「イルテノーレ観ました!」っていう方が少なくて寂しがっているオタク。実は韓国では直前に色々あって不買運動が起こってしまい、普段は全然取れないキャストなのにチケットも取りやすい状況なんです。ただ最近は評判が評判を呼んで、ミュージカルファンじゃない一般の人にチケットが売れている様子。
2月25日までやってるので、韓国まで足を延ばした際にはぜひとも観ていただきたいです。そして観た人たちであーだこーだネタバレ含めて語れたらうれしいな。

私もあと1,2回は観ると思います。そのあとはヘドウィグに向けて色々と整えていく所存です。2024年も忙しくなりそうですね。

文学会のアジトを模したフォトスポット

 

*1:NtoNのゲイブ、シラノのクリスティアンといった正統派(?)からキンキーブーツのローラ、デスノートリュークといった色物まで本当に何でもこなす。ちなみに高校生の頃に現代舞踏を学んでいたのでめちゃくちゃ踊れるらしい。

*2:体感ジキハイ以来