衝動と情熱だけで生きている

主に観劇の記録。

韓国ミュージカルのここがすごい

「愛の不時着」すごいブームになってますね。

私が韓国のアイドルやら舞台やらにハマっているのを嘲笑していた友人から「今まですまんかった。ところでヒョンビンについて教えて」というシンプルかつ明快なLINEが来たので、時代は変わったなと感じる今日この頃です。

半年前は韓流が禁忌になってたテレビでも、またドラマやらK-POPやらを取り上げてて、やっぱり文化の力ってすごいなと思います。

コロナ禍の中で公演を続けている韓国ミュージカルも世界から注目されてますよね。有名作品のシッツプローブやプレスコールがネット配信されてたので、最近初めて韓国ミュージカルに触れた方も多かったのではと思います。

ちょっと前までは、韓国にミュージカル観に行くっていうと「え?韓流ってミュージカルもあるんだ~」的な返しをされていたのですが、韓国オリジナル作品が日本で上演されている昨今、一般に知れ渡ってきたのではないでしょうか。

そこで今回は、韓国ミュージカルって何でそんなに盛んなの?何がそんなにすごいの?ってポイントを、私なりにまとめてみたいと思います。

韓国でミュージカルが盛んな理由

世宗芸術劇場や国立劇場といった何千人規模の収容力を誇る大劇場から、数百~千人規模の中劇場、100人規模の小劇場が集まる大学路地区など、首都ソウルだけでも数えきれない劇場がある韓国。地方都市の仁川や城南、水原にも立派な劇場があるし、釜山には最近ミュージカル専用劇場ができて、ライオンキングやオペラ座の本国招聘公演もやってました。

全国あらゆる場所にあるたくさんの劇場で、連日様々な公演が開催されてるんです。うらやましい!

韓国でこんなにミュージカルが盛んな理由って何なんでしょう。

歌って踊る国民性

そう、韓国人、歌って踊るのが大好き。

よく韓国ドラマで、カラオケシーン出てくるじゃないですか?みんな狂ったように歌い踊るやつ。あと、家で音楽聞きながら無心に踊りまくるシーンとか。
タクシー運転手もバス運転手もノリノリで歌いながら仕事してるし(たまに車内カラオケ状態)、選挙では候補者がテーマソングに乗せて踊っている。それが韓国。


韓国大統領選 各陣営がダンス 踊る選挙戦

歌い踊る遺伝子を持つ韓国国民にとって、ミュージカルは日常的な娯楽。
休みの日に家族やカップルでミュージカルを見に行くのも珍しくありません*1
日本では、まだまだ一部のコアなファンの趣味という印象が強いミュージカルですが、韓国では客層の幅広さに驚かされます。特にここ最近の大劇場作品はその印象がさらに強い。チケット代の差はあれど、映画と同じ程度の敷居なのでは。
だから、上演中に地声でしゃべりながら観たり、前の席にかぶりついてたり、アイスアメリカーノ(韓国人の国民ドリンク)飲みだしたりする人がいたりするのも韓国劇場あるある。もちろん係員さんが注意してくれるけど、映画館感覚なのだろうなと思います。

充実した教育環境

韓国では、音楽や舞台に関わる仕事を志す人が多い。特に裕福な家庭では、勉強が得意な子には医者か法曹を、そうでない子には音楽家を目指すよう教育すると聞いたことがあります。

高校レベルから芸術学校のような専門学校が各地にあるし、ほとんどの大学で芸術科が設置されてたり、音楽や舞台芸術の高等教育が受けられる環境が充実しています*2
ミュージカル俳優でも、リュ・ジョンハンさん、カイさん、キム・ソヒョンさんはソウル大学(日本でいう東大)声楽科出身。留学も盛んなので、海外で学ばれてきた方もたくさんいます。

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高学歴フランケンペア リュカイ

演者に限らず、舞台監督や演出家、作曲家も国内から多数輩出されています。韓国人作曲家・演出家による作品は、フランケンシュタイン、SMOKE、メイビーハッピーエンディングなど日本でも上演された有名作品もあれば、大学路で上演されている作品まで含めると数知れず。

女性の音楽監督(指揮者)が多いのも、充実した音楽環境が背景にあるからでしょうか。EMKのキムムンジョン監督とか、ODのウォンミソル監督とか。日本のオケで女性指揮者がいることはほとんどないので、毎回新鮮みがあります。

芸術を志す人が多いからこそ、その活躍の場となる舞台の数も増えるし、成熟して多様化していくのではと思います。

韓国ミュージカルのすごいところ

実力主義

前述のとおり、教育熱心な韓国らしい面があるミュージカル界ですが、一方、学歴関係なく、ドラマのような経歴を持つ俳優さんも実在します。

例えば、ボクサーを目指していた青年がオーディションで主役に抜擢されたり*3、野球選手からミュージカル俳優に転身した人がいたり*4、大学で経営学を学んでいた人が25歳でオーディションに合格してライオンキングに出たり*5スタンフォード大学医学部で学んでいた人がいたり*6、これだけでミュージカルの題材になりそうじゃないですか?

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ボクサーアンリと経営学学士アンリ

実力主義の韓国芸能界、ミュージカルもその例に違わず、主役を公開オーディションで募集することも珍しくない。もちろん、人気取りのための配役がされることもあるけど(EMKとかEMKとかEMK*7)、実力がない人がキャスティングされると、固定客以外は入らないので、明らかにお客さんの入りが悪い。反対に、無名でも実力がある人だと、評判でじわじわと席が埋まり、千秋楽に近づくにつれて席が取れなくなっていく。
事務所の力や経歴なんて関係なく、全くの無名俳優が、オーディションで大役をつかんでライジングスターに!そんなシンデレラストーリーってかアメリカンドリーム(フラッシュダンス?)が実現するのが韓ミュ界なんです。

だから次々と若手俳優が出てくるし、層が厚い。タイトルロール張れる人気も実力も兼ね備えた俳優が山の数ほどいる。
2019年のエリザベートはトリプルキャストだし、ジキル&ハイドなんて5キャストですよ。2018年フランケンシュタインは3アンリ4ビクターで12パターン。若手からベテランまで色んなキャスティングで、違った楽しみ方ができる。観客として単純にうらやましいです。

開かれたチケット販売

韓国での観劇チケットは、ほとんどの公演がインターパークYES24等の大手ショッピングサイトで販売されます。観客は、好きな座席を選んで購入が可能。
思い立ったときに買えるし、都合悪くなったら前日までキャンセルもできる*8。英語や日本語のサイトもあるので、海外からでも気軽にチケットが取れます。
この点、「ちょっと観てみたいな」というお茶の間気分じゃ一生チケット取れない日本とは大違い。

チケット価格は、大劇場で7千円~1万5千円、小劇場で3千円~7千円程度。韓国の物価からすると高額だと思いますが、割引のキャンペーン期間があったり、学割があったり、リピーター割があったり、劇場がある地区の住民割引があったりと、割引制度がかなり充実してます。

もちろん、当日窓口購入もOK。「今日時間あるからミュージカル観に行こうかな」という気軽さで行けちゃうのです。チケット販売サイトでは空席が目立つ公演でも、当日は席が埋まってる、なんてこともよくあります。

予算

2016年に韓国版モーツァルト!の演出を手掛けた小池修一郎先生が「日本では映像や照明にお金をかけると(予算的に)小道具が減ったりする。EMKは大変大きな予算を持っているので、(何かを削ることなく)すべて制作してくれた」と語っておられました(出典元)。
韓国ではエンタメを海外戦略として支援していて、かなりの予算が充てられているそうですが*9、そのせいもあるのか、韓ミュは舞台装置や演出、衣装などの美術にものすごくお金がかけられてます。
歌と芝居があればミュージカルは成り立つけれど、その世界観に没頭するためには、視覚的効果はなくてはならないものですよね。
私が「金かかってんなー!!」と感嘆した舞台をいくつかご紹介。

①「笑う男」
ありとあらゆるところに金を使っている代表格。荒れる大海原や流れる川、サーカスの舞台など、転換ごとに全く違う装置が出てくる。中でも私が好きなのは貴族院のセット。日本版は観てないんですが同じだったのかな。44分20秒あたり~


뮤지컬 웃는남자 프레스콜 Full영상

 

②「ベンハー」
俳優さんたちの筋肉合戦もさることながら、とにかく「馬」。ユダとメッセラの騎馬戦車での決闘シーン。1分30秒あたり~。生で見るとものすごい迫力。 


뮤지컬 '벤허' 프레스콜 민우혁·문종원 외, 출전, 죽음의 질주

 

③「フランケンシュタイン
これくらいのやつじゃないと生命創造できないよねと思った装置がこちら。


'프랑켄슈타인' 위대한 생명 창조의 역사가 시작된다 - 민우혁, 박민성 Musical 'Frankenstein' with Min Woo Hyuk, Park Min Sung


④「ドラキュラ」
衣装といい小道具といいクルクル回る舞台といいプロジェクションマッピングといい、すべてにおいて徹底して世界観を作り上げている渾身の作品。


2020 뮤지컬 드라큘라(Dracula : The Musical) CLIP - It's Over (김준수, 손준호)

 

カーテンコール

韓国でミュージカルを観る時、その楽しみの半分を占めているといっても過言ではないもの。それがカーテンコール(カテコ)。
日本のカテコでは、キャストが登場・礼→オケに拍手→捌ける→登場・礼・捌ける→~繰り返し~→終、ってのが一般的ですよね。観客側にも暗黙の了解があって、1・2回目では立たず、3度目でスタオベOKみたいな。どのタイミングで立つの?むしろ立たないの?てかいつまで繰り返すの?と、周りの空気を読みながら尻をもぞもぞさせる小心者の私。あれって決まりあるの?

韓国では、本編のスピンオフ的なカテコが多いんです。
登場時にソロ曲のメインパート歌ってくれたり、本編では幸せになれなかった二人が幸せそうだったり、仮面に隠された顔が見えそうになったり。
それまで静かだった観客席が歓声と拍手に溢れ、一気にライブ会場並みの盛り上がりに。もちろんカテコに入った瞬間、全員スタンディング。
舞台からもらった感動を、全員がその場で一気に爆発させるもんだから、泣き叫びに近い感じになります。コロナの影響で今後規制されるかもしれないので、ハンカチ噛みしめる等の対策が必要かも。

カテコについて語りだしたらキリがないのですが、私が大好きなカテコをいくつかご紹介。

①「ファントム」
本編でクリスティーヌとパパに見守られながら、息を引き取るエリック。
一転、カテコではクリスティーヌに一輪のバラを差し出し、幸せそうにハグする二人。よかったね~、本当によかったね~って泣きながら拍手する観客。
その後、クリスティーヌも捌け、一人舞台奥に歩いていくエリック。音楽の盛り上がりとともに、観客席を振り返り、仮面に手をかけ・・・外した!!!瞬間、暗転。
~完~
韓国のファントムの仮面は、顔の上半分が完全に隠れるデザインなので、本編中はほとんど顔が見えないんです。それが最後の最後でチラリと見えたり見えなかったり。そこは照明のスイッチング次第。暗転後の客席、みんな地団駄踏み鳴らして悲鳴上げてます。

②「ジキル&ハイド」

ジキハイはカテコで歌わないので、途中までは日本のに近いかもしれない。が、最後の最後。俳優さんによって違うんですけど、まあ見てください。
有名なチョ・スンウ先輩ver.です。6分30秒あたり~。シンプルだけど、最後まで舞台を掌握している。暗転と同時に突き上げる拳。かっこいい。
ちなみにカテコ最強伝説を持つパク・ウンテ神ver.は、シャツを破って大胸筋を見せつけます。


150404 지킬앤하이드 저녁공연, 조지킬 막공 무대인사

 

③「スリルミー」

度肝を抜かれた2019-20のスリルミーのキムヒョンジン私、ノユン彼ペアのカテコ。
重い空気の中、歓声もなく、狭い会場に鳴り響く「スリルミー」の旋律と拍手。
お辞儀をして無表情で舞台奥に歩いていく二人。
立ち止まり、振り返った後、最後の「♪スリル♪ミー」に合わせて彼の胸倉をつかみ、自分に引き寄せてキス、するかどうかのところで、暗転。
小動物のようで実は狂気の支配者だったヒョンジン私を象徴するのようなカテコで、終わってからしばらく震えが止まりませんでした。

④「ヘドウィグ」

韓国ヘドウィグのカテコはライブです。ステージから撒かれる水で濡れながらヘドバンする客席。ジャンプで揺れる会場。もちろんアンコールあり。

チョン・ムンソンさんのときは盛り上がりすぎて、カテコ入れて3時間超えたこともありました(本来は休憩なし120分)。

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ムンソンヘドウィグ

 

まだまだたくさん語りたいことはあるのですが、長くなってしまったので、ひとまずこれにて。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
早く世界に平穏が戻って、自由に観劇できる日が訪れますように。

*1:梨泰院クラスでも、デートでミュージカルに誘うシーンがありました。「VIP席だぜ?」ってね。なんの公演だったのか気になる。時期的にドラキュラだったのでは。

*2:韓国では専門学校でなくても、全ての高校の選択科目に演劇があるそうです

*3:チェ・ウヒョクさん。2015年のフランケンシュタイン再演のオーディションで1,000人の中からアンリ役に大抜擢。ケガでボクサーの夢を諦めかけたとき、ジャックザリッパーを観て「これだ!」と直感し、1年間猛練習したのだとか。すごい。

*4:ミン・ウヒョクさん。元々はアイドルにあこがれてSMエンタを受けたこともあったのだとか。元野球選手らしく、とにかくガタイがいい。

*5:パク・ウンテ(神)様。劇団四季の公開オーディションでアンサンブルを受けに行ったら5番手に大抜擢されてライオンキングに出演。その後実績を積みながら、2010年にケガで降板したチョ・ソンモさんの代役でモーツァルト!主役を務め、一躍ミュージカル界のスターになりました。

*6:マイケル・リー(神)様。元々はアメリカ国籍で、BWのミスサイゴンがデビュー作。2019年のヘドウィグ千秋楽で「僕は勉強ができたので(笑)ミュージカル俳優になるという夢を叶えるまでに遠回りしちゃったけど、諦めずに追い続ければ夢はきっと叶うものだよ」とお話しされてました。素敵な方。

*7:アイドル起用乱発、キャスト限定のグッズ制作販売など、その金の亡者っぷりから韓国のミュージカルファンに超嫌われている。でも有名な海外作品の版権はほぼEMKが握っている。韓ミュ界におけるひと昔前のSMエンタのような存在。

*8:キャンセルした時期によって手数料は引かれるけど、上限がチケ代の20%とか、大変良心的。今回コロナで行けなくなったチケットについては、手数料引かずに全額返金していただきました。インパとYESに一生ついてく。

*9:GDP比でみた韓国の文化予算は日本の約10倍。数年前にフランスを抜いて、文化予算の面だけで見れば世界一の文化大国だそうです。出典元