衝動と情熱だけで生きている

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韓国版エリザベートって何が違うの?というあなたへ

エリザベート、それはどの界隈のオタクでも心動かされる、公演界のビッグタイトル。公演が発表されるたびに、そこかしこから集まった屈強のオタクたちが、血みどろになりながらチケット争奪戦を繰り広げます。国は違えど事情は同じ。

2022年、韓国版エリザベートは初演から10年を迎えました。今年は東宝版と韓国版が同時期に上演していることもあり、日本から観に行かれた方も多いのではないでしょうか。そしてつい先日、FNS歌謡祭に韓国からトート様が降臨し、初めて韓国版エリザに触れた方も多かったはず。テレビの影響ってすごい。

私自身、生エリザを最初に観たのは韓国初演版なのですが、2015年から東宝版デビューし、幾度となく黄泉の国へ旅立ってまいりました。もちろん今年は東宝→韓国→東宝→韓国…と世にも贅沢なサンドイッチ観劇を実施中です。
どちらにもそれぞれの良さがあってどっちも大好きなんですが、どこがどう違うのか?と聞かれる機会がとても多いので、韓国エリザの特徴を中心にざっくりまとめてみようと思います。

1.舞台セット

韓国エリザで一番特徴的なのが「盆」。ほとんどのシーンがぐるぐる回る盆の上で演じられます。結構な速度で回り続けるので、俳優さんは見た目以上にハードだと思う。この回り続ける盆が、人が抗うことができない時代の流れや運命を表しているような気がします。特に私が好きなシーンが『私が踊る時』。回る舞台の上で踊るシシィのドレスが弧を描いてとても美しいし、時代の流れすら私が操ってみせる!っていう人生最高潮なシシィの確固たる自信が上手く表現されてると思います。

本舞台の映像を見つけられなかったので、2018年版の練習映像より『私が踊る時』オクジュヒョン×パクヒョンシク。

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この他にもマダムヴォルフのコレクションでは娼婦達がメリーゴーランドのようなセットでくるくる回ったり、闇広では閣下にぐるぐる追いつめられるルドルフの後ろで革命が始まってたり。この盆の動きを思う存分堪能したければ、席は2階以上がお勧めです。

盆と合わせて特徴的なのが、舞台の高低差。韓国の劇場って日本より奥行きも高さもあるところが多いんですが、エリザは特に高さを使った演出が多い。トート閣下は基本、高いところにいらっしゃいます。原作(ウィーン版)と同じく、銀のつり橋からご登場。黄昏時の結婚式では、なんとワイヤーアクションまで披露されます。

わーっはっはっは!と叫びつつ登場するトート閣下。結構な時間ぶらんぶらんしてる。※キャストの運動神経によって動きは異なります。

この他、全体的にセット自体も大きく重厚なので、場面転換に時間がかかる分、東宝版と比べると暗転が多いです。場面転換でルキーニの歌や語りを挟むことも多く、東宝版よりルキーニの出番が多い気が。

あと照明の使い方もすごく印象的。やたらスポットライト使うし、俳優さんの動きも激しいので、照明さん忙しそうだなと余計な心配をしてしまいます。


2.ビジュアル

東宝版は小池先生が演出される限り、トート閣下×アデランス(協賛)が続くことと思われますが、韓国版の閣下はずっと地毛です。キャストごとに閣下の衣装が違うのは東宝版と同じ。

2012年再演時の3閣下。左からキム・ジュンス、パク・ヒョシン、チョン・ドンソク

3.構成

ストーリーは同じでも、シーンの構成は結構違います。特に2幕はシーンの順番が大きく異なります。韓国版には『HASS』がないのが一番大きな違いで、精神病院とコルフ島の順番も違います。

①HASS

民族主義者シェネラーによって反ユダヤ思想が唱えられ、ファシズムが台頭していた当時のウィーン。ドイツ民族によるユダヤ人迫害が強まり、そのまま第一次世界大戦に突入していくのですが、この一連の流れを描いているのが『HASS』です。
東宝版では舞台上に大きなハーゲンクロイツが表れ、その前で苦悩するルドルフ、ハーゲンクロイツの下から登場するトート閣下…という流れで、なぜルドルフがハンガリー独立運動に傾倒したのかが描かれているのですが、韓国版では一切カットされています。また、東宝版で登場するハンガリーの革命家たちも登場しません。
なので、ルドルフの苦悩の背景がよくわからず、ただの愛に飢えた孤独な皇太子のような印象。ただこの点は、「血は水より濃い」という考え方が根付いている韓国文化に合わせた、敢えての変更なのかもしれません*1
独立運動のシーンも短くてダンス無し。私が東宝版で大好きな「名を名乗れ!姓は!」からの「ルドルフ・・・ハプスブルク!!」の台詞もありません。王宮の執務室で書類を盗もうとするところをフランツに見つかって終了。闇広からの一連の流れとして描かれるのみです。
なのでルドルフの出演時間も東宝版よりさらに短く、キャストの番手は東宝版では4番手なのが、韓国版では6番手になっています。

②精神病院・コルフ島

韓国版では『安らぎのない年月』で放浪するシシィが描かれた後に『精神病院』のシーンが入ります。放浪の旅の中でもシシィが熱心に通ったところ、として紹介された後に歌われる『魂の自由』(韓国題:『何も』)。私には何もない、と自嘲し嘆く晩年のシシィの叫びが胸に迫る曲ですが、韓国版ではこの『魂の自由』と1幕の『私だけに』との対比が色濃くなっていて、2幕のシシィの大きな見せ場になっています。
また、韓国版ではコルフ島で父親の面影と対面したシシィが体調を崩し、衰弱した様子が描かれた後に『ママ鏡』に入ります。シシィが本心からルドルフを拒否したわけではない、という背景が描かれるので、その後の悲劇が一層辛く悲しく感じます。

4.演出面

上でも書きましたが、韓国版エリザでは1幕と2幕のシーンを対比させる演出が随所に入っているのが印象的。いくつか代表的なものをご紹介します。

①1幕『あなたが側にいれば』と2幕『夜のボート』

1幕ではボートに乗ってキャッキャしているシシィとフランツ、湖上の水屋でフランツがプロポーズ。あなたがいればそれだけで、とキスする二人。それと同じセットで演じられる夜のボート。水屋に一人佇むフランツと、離れたところから、ルドルフが作った帆船の模型を湖に流すシシィ。二度と戻れない、と歌いながら離れていく二人。
盆の演出も相まって、涙なしには見られないシーンです。

左:あなたが側にいれば 右:夜のボート

②1幕『私だけに』と2幕『魂の自由』

未来への決意を歌う若きシシィに対し、私には何もない、と自嘲する晩年のシシィ。「自分の生き方は自分で決める」→「救いはただ死だけ」、「綱渡りがしたい」→「綱の下には何もない」、「魂は縛られない」→「魂は縛り付けられ」・・・等々、歌詞の随所がリンクしていて、シシィの孤独と深い絶望が色濃く浮かび上がります。精神病院のシーンを後半に持ってきたからこそできる対比。

③1幕『私だけに』前のシシィの台詞と2幕『ママ鏡』後のルドルフの台詞

「そう…あなたさえも私を見捨てるのですね…」
『私だけに』ではシシィがフランツに対して、『ママ鏡』ではルドルフがシシィに対して、同じ台詞を呟きます。

④1幕『エリザベート泣かないで』のシシィ→トートの台詞と、『死の嘆き』のトート→シシィの台詞

「必要ない、出ていけ!」
1幕・最後通告の後、孤独感に苛まれるシシィを誘うトートに対してシシィが言い放つ台詞と、2幕でルドルフを失い、死の世界に連れて行ってと縋るシシィに対してトートが言い放つ台詞が同じです。対比的なシーンだけに、シシィとトートのパワーバランスがすごく重要。意識して演じてる俳優さんとそうでない俳優さんとで、毎回すごく差が出るシーンだと思います。

他にも細かいところを拾えばたくさんありますが、韓国版のシーン順だと、シシィの人生が、フランツの裏切りを機に反転していく様がよく描かれているように感じます。

5.演技面

・シシィがめっちゃ強い

もちろん俳優さんにもよりますが、基本的にとても強い。東宝版は宝塚版の影響が強いからかシシィにお姫様感がありますが、韓国版はとにかく気品<<<強さが求められている気がします。
駆け寄ろうとするフランツに「寄るな」って手で止めたり、『私が踊る時』でトートと物理的にタイマン張ったり*2、フランツの愛の証であるネックレスをトート閣下に投げつけたり、お姫様感はあんまり感じません。映像で見る限りウィーン版もそんな印象を受けますが、国ごとに求められるものが違うということでしょうか。
東宝版しか観たことない方が韓国版を観てどんな印象を受けるのか、ぜひ聞いてみたいです。

「近寄るでない」なイ・ジヘシシィ

・トートがめっちゃ動く

前述のワイヤーアクションも驚きですが、銅像の裏からスーッと降りてきたり、シシィやルドルフのベッドに突然現れたり、娼婦のメリーゴーランドに乗ってたり、ドリフもびっくりな角度の銀橋から駆け下りてきたり。突然現れてスッと消えるので人外感満載。
あと、俳優さんによりますが、基本的に『最後のダンス』は本当に踊ります。かなり踊ります*3。『闇が広がる』でのルドルフの追い詰め方も尋常ではありません。
「静」の印象がある東宝版トートと比較すると、韓国版は「動」だと言えます。

銅像裏から現れたシャトート閣下

・ルキーニがめっちゃ歌う

韓国版を見た後に東宝版を見たみなさん、あれ?ルキーニあんまり歌わないな?って感じませんでしたか?特に『ミルク』。韓国版でのミルクはルキーニのビッグナンバーで、毎回めちゃくちゃ盛り上がるんですが、よく聞いてみるとほとんどフェイクとシャウトで構成されてるんですよね。
ちなみにルキーニのキャストの番手は東宝版だと6番手だけど、韓国版ではシシィ、トートに次ぐ3番手。毎回、演技・歌とも優れたベテラン俳優が配役される印象です*4。10周年記念公演である今回の目玉は、間違いなくルキーニ役のパク・ウンテさんでした。

伝説のウンケーニの『ミルク』。毎回ショーストップ。

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6.カーテンコール

韓国ミュージカルといえば、歌うカテコ。もちろんエリザベートも然り。なぜかシシィだけは歌わないんですが、それでも十分満足する内容です。
毎シーズン1週間程のカーテンコールデー期間が設けられて、期間中はカテコ撮影OKになります。

2022年版。カン・テウルルキーニ、シン・ソンロクトート(踊らない)、オク・ジュヒョンシシィ

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2012年~10年間の各シーズンのシシィのカテコをまとめた大作動画。3:20〜はチョン・ドンソクトート様、4:20~踊るシャトート様も見られます。

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以上、取り留めのない内容でしたが、東宝版と韓国版、同じ作品でもこれだけ違うというのがお分かりいただけたでしょうか。一方を観ると一方に対して新しい気づきがあるし、最近では双方が交流することでお互いよい刺激を受けているようにも感じます。
韓国版は今回の10周年で一区切り。次回からは演出も舞台も全て刷新した新しいプロダクションにするそうです。今のプロダクションの良いところを取り入れつつ、また新しい世界を見せてくれることを期待しています。

韓国版が観たかった…と後悔している方!キャストは限られますが、お正月までは地方公演もやってますよ!

将来的には韓日のキャスト交流もあったらいいな・・・と思わずにはいられないFNS動画で締めくくり。静かに煽るシャトートもパッション抑えられない芳雄ルドルフも最高でしたね!!ありがとうFNS様!!!

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おまけ

2022年版韓国エリザベートの公式動画に日本語字幕つけてます。東宝版とは歌詞も違うのでニュアンスも違って面白いです。よろしければどうぞ。

 

 

*1:韓国版プロデューサーがこちらのインタビューで、HASSをカットした理由を「韓国でも受け入れられやすいようにするため」と語ってました。

*2:2022年オクジュヒョン×キムジュンス回で、イキったオクエリがシャトートに対して「踊る相手は!この!私が!!選ぶ!!!」って自分のことを指さしちゃってました。初演から見続けてる私も初めて見た。

*3:2022年版トート様別最後のダンス;ダンスマシーン→ジュンス、踊る→ヘジュン&ミヌ、絶対踊らない→シンソンロク

*4:そういう意味では2018年版のパク・ガンヒョンさんは大抜擢だったと思います。